なんとか3つの課題がカタチになって、ほっとしています。
授業を担当する側の、全体を通してのふりかえりを、まとめておこうと思います。
この授業の重要なポイントは、「調べて」「発想して」「表現する」でした。
特に「調べる」という活動が、表現を勉強する人にとって最も重要なプロセスなのです。でも、そこがちゃんとできてなかったなぁ、というのが教員3人の共通した印象でした。
自分の手を観察してスケッチ、というのに、手をデジカメで写真に撮ってその写真を写してる・・・。
動物を観察して特徴をつかむ、というのに、ウェブで画像検索してしかもわざわざ写真を見なくてもわかる範囲の資料しかない・・・。
これらは極端な例ですが、良い作品をつくるんだ、という目的とあまり結びついていない印象は否めません。
「発想」とは「組み合わせのアイデア」でもあるので、「調べる」がちゃんとできていなければ、良いアイデアも生まれない訳です。また、とりあえずアイデアがひとつできたらそれでおしまい。たくさん考えて、そのなかから最も行けそうなものを選ぶ、という当たり前のことにたどり着けないのも悲しかった。
「表現」については、とにかく仕事が汚い。「やりゃーいいんでしょ」的にしか見えないのがつらかった。試作をして、うまくいったら、清書として完全版をしあげる、といったプロセスがない。与えられた条件や材料からはみ出るのを恐れているのか、質を上げる工夫がない。
さらに、3つの課題の関連性つまり、3つとも「調べて」「発想して」「表現する」という経験であること、ある課題での発想方法や表現方法が他の課題に応用できること、などの気づきが見えなかったのもとても残念。
これらは受講生を非難しているのではなく、表現初心者としてはできなくても当たり前かもしれません。しかしかつてはクラスの中にほんの数人でも気づいて粘る学生がいたのに、いまはほぼ全くいない現実がショックです。
受講生の数が多いこともありますが、レベルの低い(ごめん)横並び状態は、デザインの学びとしてとてもMOTTAINAI。美術系の学校などでは、授業の中でも「これは凄い」と誰もか感じる作品が必ずあって、「やられた」「負けた・・・」という経験が全体の質を上げていくもの。そういう空気をつくらなければ未来はありませんね、というのが私たち3人の共通認識でした。
で、私たちの覚悟として、来年度は「私たちも作品を作って見せよう」という結論に至りました。
備忘録的にやりたいことをまとめておくと、
・プロの仕事を見せる(説明もせずに教員が作品を作り出す!)
・3つの課題に一貫性のあるテーマにしたい
(たとえば「動物」をテーマに塑造、ペーパークラフト、モビール化)
・観察のための時間をプログラムに盛り込みたい(みんなで動物園に行くとか)
というようなアイデアがあがりました。
具体的にどう展開するかはこれからのお楽しみです。
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